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アントレ・ラボ メールマガジン 
( 第41号 ) 2016年9月19日(月)

本メールマガジンは第1・第3月曜日の配信しております。
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< 内容目次 >

1.エッセイ

◆「氣」

仲津定宏(株式会社アントレ・ラボコーポレーション 代表取締役)

2.定期連載

◆「口がなければ」

広沢 曄夫(応用工学研究所 所長)

 

1.エッセイ

◆「氣」

仲津定宏(株式会社アントレ・ラボコーポレーション 代表取締役)

昨日参加したあるワークショップの1つで、「氣の流れ」について体感するものがありました。簡単に自分から相手に対してぶつけた感情・力が、そのまま自分に戻ってくるようなイメージだと思います。

例えば、相手と喧嘩をした時に、それに呼応して自分も相手に対して怒りをぶつけると、それがそのまま返ってくる。反対に相手の力を受容すると、相手との衝突をさけたりすることもできるというものです。確かに何か良い事も、悪い事も相手と同じ感情を持つと、それが増幅して戻ってくるようなことはたくさん経験したことがあります。

そこには人間には見えない「氣」の流れがあるのかもしれません。

実際に昨日のワークショップでも相手を力づくで動かそうとしてもなかなか動かない相手が、相手との呼吸を整えて同調し、プラスの感情を持って軽く動かすと力を入れた時と同じか、それ以上に相手の身体を動かすようなことができました。

この事を体験した時に、相手と喧嘩になりそうな時はその感情を受容すること。そして相手とのタイミングを合わせていくことでその怒りも軽減するし、相手とのタイミングを上手にずらすと交渉などで相手に主導権を与えずにこちらが主導権を持って対応できるようになるそうです。

「氣」は見えないものだからこそ、見えないところでその効果が働き、人間関係に大きな影響を与えていると思いました。

なかなか目に見えないものなので科学的に証明することは難しいかもしれませんが、こうした体感的に感じたことも1つの事実としてとらえることも必要かもしれません。

将来AIのような人口知能がどんなに発達しても科学では証明しきれない、この感覚・感情こそが、人間らしいものであり、まだロボットには負けない人間の無限の可能性に思いを巡らすことができました。

2.定期連載

◆「口がなければ」

広沢 曄夫(応用工学研究所 所長)

子供のころひとりで原っぱや道端などで小さな虫が動いているのをジーッと見つめているのが好きだった。人間には言葉がある、ほかの生き物には言葉はないし、口も利けない。犬や猫など動物を見ていると、その目は何かを言っているように思っていた。人間もまだ幼い頃の瞳は純真だと聞かされていた。言葉による意志伝達の方法がまだ解らないから自分の心の中を目で表わしているのだろう。

人が集まればそこでは必ず会話がある。僕は幼いころから人前では出来るだけ口を開かずに黙っていた。人の話を聞いていると自分のことはよく言い、他人のことは悪く言う。自己宣伝、他人批判があまりにも多すぎる。口は禍の元と言う。喋れば喋るだけ不利になるような気がしていた。それが僕の少年時代の気持ちだったのだろう。今は亡き母から言われていた「周りの人が悪ければ自分は何もしなくてもよく思われるよ」と。概ね人は喋りたがるが実行はしたがらないものだとすれば、「言わず実行、語らず実績」が一番いいと思いそのようにしてきた。井戸端会議、うさん晴らし、赤提灯でのだべり会、旅行、お祭り、賑やかで楽しくは見えてもそこはフラストレーション解消の場になっている。人の悪口や噂話しが必ず出てくる。言えば言うほど不利になるのにと…。僕はそう思いながら子供のころ出来るだけ口を閉ざしてきた。「居るのか居ないのかわからない」「あいつが居るのを忘れていた」「あいつは毒にも薬にもならない」と周囲から言われていたのを思い出す。時には員数外にされることもあったが、除外されていたのではなく、みんなが無意識のうちに結果として僕を無視した形になったのだろう。時には「温和な子」とも言われたようだが、「無口な子」「何を考えているのかわからない子」と思われ続けてきたようだ。

 今の世の中は何かを「言う場」が多すぎる。気を付けなければならないと思っている。何かを言えばそれだけ不利になると今でも思っている。自分はサイレントだ。人並のことをやれば不利になるというのは世の常なのかとさえ思ってきた。何も言わなければよくはならないかも知れないが、悪くはならない。僕は口では言わないが昔からよくものを書く。相手に対しては手紙、自分に対しては日記や短文メモを残してきた。口で言うことはその場で消えてしまうが紙に書いておくということは後までそれが残る。自分で書いたことには責任を取らなければならない。いわば世の中に対する契約書、誓約書だと思っている。一般に人は言いたがるが書きたがらない。僕は逆のほうがいいように思っていた。

 サイレントは自分の主義というよりも性格だろう。それでは世の中に自分が解ってもらえないとも言われそうだ。僕は自分をわかってもらおうとは思ってはいない。喋ることや文章を対外的に発表することは元々苦手なのだ。依頼があれば拒否はしないが、自分の本心ではない。その後講演依頼もだんだんと増えてきたが少しずつ慣れてきた。ものを書いてもその文章を他人に渡したり出版などは考えたこともなかった。従って声の大きい人(よく喋る人、自己宣伝と思われることを言う人は心にそぐわないのであまり好ましいとは思えない。人間は口ほどに出来るものではないと思ってきたから。世の中は役割分担なので声の大きい人も必要だろうが、役割を心得ていない人が多いように思う。一般に発言の多くはノイズとなってしまう。有効発言の比率は極めて低い。声の大きい人、行動が活発な人、前に出たがる人が主役になり易いが、僕はいつも一番後ろで黙り続けてきた。脇役にもなれず、無視され役(無役)でやってきた。

 こんな僕にみんなが目を向けてくれ始めたということは、やはり亡き母の言った通り周囲との相対的なことからこの僕でも少しはよく見えてきたと言うことなのか。それだけ世の中が騒がしく、鬱陶しくなってきたと言うことなのだろうか。

この文章は自分がまだ学生時代の世の中のことが理解できていない若い頃のもので、幼稚さが垣間見られますが、ほぼ原文通りにタイピングして書き直したものです。

この作文を改めて読み直してみて今から35年ほど前に書いたのが下記の文章です。

 口を利かなければ周囲に対して自己主張がなく無視されやすい。それは特定の意見の中に入らなくても済むということであり、客観的立場に立つことが出来るということにもなる。個性がないと言われるかも知れないが、自分の偏りを防ぐことができ、中立で冷静な判断できる情報が入ってくる。そのあとで自分の行動を自分一人で決めるようになっていった。これがサイレント・マイノリノリティーだと思っている。しかも自分の判断が正しかったか悪かったかは人のせいにしなくても済む。誰かの主張に同調すれば結果が悪ければその人のせいにし、よければ自分の正しかったことを言いたがる。

 

 自分はいつもサイレント・マイノリティーでいたい。それがニュートラルを維持して、物事をシスマティックに判断できることだと思っている。

3.セミナーイベント案内

◆今後の勉強会・セミナーのご案内 
1)9月23日(金)19:00~21:00 業務提携契約セミナー
詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2016/9/23
2)9月29日(木)19:00~21:00 『働き方改革!仕事力をアップするかたづけ講座
詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2016/9/29/929

3)10月18日(火)16:00~18:00 元特許庁審査官が教える商標活用セミナー

詳細情報: http://www.entrelabo.co.jp/news/2016/10/18

4. 次回予告
次回第42号は2016年10月3日月曜日に発行予定です。

5. 編集後記
 

先週は色々と遠くに行ったり、来たりすることが本当に多く、知らないうちに体に疲れが蓄積されてきてしまったように思います。そういう時は、必ず整体など心身ともに疲れを取り、リフレッシュすることを心がけています。どんなに仕事のパフォーマンスを高くしても体を壊してはおしまい。自分の身は自分で守る。良い休息をとることも仕事の1つ。その休息が質もきっと高めてくれるものと信じています。


                               仲津 定宏



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